2011年11月26日土曜日

gerira氏に告ぐ

先日のgerira氏の記事、非常に鼻持ちならない文句があった。

昨今、当会でも多作主義が横行しはじめており、私のようなキューブリック譲りの寡作家にとっては少々肩身が狭い状況である。連中は「沈黙は金」という昔の故事を知らないのだろうか。
 そうしたご意見は、ひとつの考えかたとしてありがたく頂戴しておこう。しかしこの人物がこうした警句を述べる資格があるとはとてもじゃないが思えないのである。私はこの文章を目にしたとき、彼の日頃の言動を思い出して、強い憤りを感じた。以下、彼の言動を暴露する。

 「それについてはまた反論しますわ」
 
 それが彼の口癖である。彼は私や友人と議論するとき、必ずといっていいほど口にする。そして彼が実際に反論に出たことは、一度もない。

 このブログのことにしたってそうだ。彼は何かにつけてブログ執筆を公言しているが、結局やらずじまいなのだ。たまに書くといっても、それは周囲から執筆を求められてのこと。

 よほど忘れっぽいのか、姑息に逃げ回っているのか、私にはわからない(わからないことにしておこう)。だが、そうした男が他人を多作主義だと非難できるのだろうか。

 多作主義だと非難するなら、「また書いておきます」などと軽々しく言うべきではない。私は書かない、反論しないと正々堂々言ったかどうか。書くと言っておいて書かないのは多作主義よりよっぽどたちが悪い。

 寡作家だって?笑止千万。あなたのような人は寡作家とはいわない。ただの面倒くさがりか卑怯者だ。

 彼は私の戯言にどういう弁明を行うのか。はたまた、「沈黙は金」と言って沈黙を貫くのか。

(坂木)

2011年11月25日金曜日

「不安」について

昨今、当会でも多作主義が横行しはじめており、私のようなキューブリック譲りの寡作家にとっては少々肩身が狭い状況である。連中は「沈黙は金」という昔の故事を知らないのだろうか。

 だがしかし、ここはコンスタントなアウトプットの重要性を暫定的に認め、粛々と投稿させていただく。

 さて、今回は養老孟のコラムを読んで、なるほどと思ったトピックから。

 テーマは「不安」について。養老はいう。マスコミはことあるごとに不安を煽り立て、不安が存在する状態を敵視し、それを改善すべきであるという論調の下、行政をはじめ様々な立場の存在に対して批判を加えているのだと。つまり不安が存在することは論理的な反芻を経ずして絶対悪であるように擬態し、それを錦の御旗に受け手に暴力を振りかざす。

 目下、耳目を集めているには「放射能汚染」問題。確かに、小さい子供がいたりする親御さんの立場に立てばその不安はわからない訳ではない。けれども、この不安が解消されることは100パーセントありえないのである。おそらく科学がどれほど進歩してもこの問題に決着を付けることはできないであろう。

 西部風に言えば、この「不安のドグマティズム」こそ現在の日本社会の悪癖であろう。

 少々、不安があっていいではないか。不安を感じることができることこそ人間に与えられた特権である。そのように締めくくる養老の文章に私は久々に我が意を得たり、と感じた。

     (文責: gerira)

2011年11月18日金曜日

反省と反論

 43氏から反論が寄せられた。なるほど、確かに私の無知ゆえに大阪府と大阪市の歴史的関係性に思いが至らなかったのは反省する。ただし、少々誤解されているようなので申し開きさせていただく。

 私は何も橋下氏の政策そのものを批判する気は毛頭ない。管見では都構想には反対であるが、それは大阪府民・市民が決めることであり、私が口出しすべきことではない。また、日の丸・君が代条例のように橋下氏の政策には賛同できるものもある。

 私が問題視するのは個別具体的政策云々の話ではない。その急進主義的手法なのである。43氏は「「熟議」という言葉を橋下氏が批判しているのは、府市連携という「熟議」のアプローチが役所の論理によって限界があったからこそ、「独裁」という言葉で、別アプローチを模索しなければならないと強調するのであろう」と述べるが、そうだとしても「独裁」という強烈な言葉を平然と用いることに危惧の念を抱く。「最近はやりの「熟議」で打開せよというのは、無責任な傍観者のコメントに過ぎず一顧だに値しない」、「「仲良く話し合いを」「既存の制度のなかでの調整を」と主張する他地域の識者の皆様には、そうした不用意な発言こそが日本をここまでだめにし、また大阪の既得権益勢力を支援するということを自覚いただきたい」という文言にしてもそうだが、なぜここまで挑発的かつラディカルな表現を用いる必要があるのか。もし有権者に訴えかけるにはこれくらいのセンセーショナルな表現がちょうどいいと考えているのであれば、まさに大衆を煽動する革命的手法そのものである。そもそもこうした謙虚さの欠如した文句自体が急進主義の産物だろう。

 そう、私が批判しているは、そうした謙虚さの微塵も感じられない急進主義なのだ。都構想を掲げるにしても別のやり方があるだろう。例えば、相手に一定の理解を示しつつもそれでは問題は解決しないと説得するというように、謙虚さと説得力を兼ね備えた選挙戦略のほうがはるかに支持を得られるに違いない。なぜ相手を敵対勢力とみなし徹底的に叩くのか理解に苦しむ。

 したがって歴史的経緯がどうであれ、橋下氏のやり方には賛同できないのである。

2011年11月17日木曜日

橋下氏を擁護する

先日、投稿された坂木氏の論調であるが、概ね理解することはできる。しかしながら、大阪都構想については、今までの歴史的経緯を考慮しなければ、理解できないことが多い。その点を踏まえて、橋下氏を擁護する論を展開していきたい。

まず坂木氏は、大阪都構想が、府市連携についてさらに深化させる方向を無視したものであると指摘する。そのうえで、他の可能性を考慮せず、あるいは無視している今回の議論は、論理の飛躍があると指摘している。

確かに理想論ではその通りかもしれない。しかし、坂木氏が引用しているように大阪都構想は「30年以上にもわたって議論されてきた」ことであり、その背景には「府市あわせ」とも揶揄される、大阪府と大阪市の中に根強く残っている対立の構造がある。大阪都構想は今でこそ橋下氏の専売特許のようになっているが、実は太田房江前大阪府知事をはじめとして大阪府の関係者が何度も主張してきたことである。その背景としては、大阪府が財政難の中、大阪市の財源と大阪府の財源を統合することで大阪府の財政状態を改善したいというやや後ろ向きな面も見られ、一方で大阪市の独自色が強すぎることで、とん挫してきた。

大阪市の独自色が強い点は、実に様々なところで禍根を残している。例えば、東京に比べて大阪は相互乗り入れをはじめとして鉄道会社間の連携が少ない。その最大の原因は大阪市交通局は「大阪市内での私鉄参入を禁止する、市の交通を営利会社にゆだねない」という時代錯誤な方針を近年まで続けてきたことに由来している。水道事業など公営企業についても、大阪府・大阪市が財政難に陥る中で、何度も統合が叫ばれながら、大阪市が独自性を維持したいがために、とん挫し続けてきたのである。これは平松氏と橋下氏が蜜月関係と呼ばれていた橋下府政初期でも例外ではない。蜜月関係と呼ばれたときでさえ、統合は実現しなかったのだ。「熟議」という言葉を橋下氏が批判しているのは、府市連携という「熟議」のアプローチが役所の論理(というとイデオロギー的かもしれないが、相互の利害関係を調整するのが難しいという意味で組織の論理が働くのは当然だろう)によって限界があったからこそ、「独裁」という言葉で、別アプローチを模索しなければならないと強調するのであろう。ならば、都構想の是非はさておき、府市連携というアプローチには限界があるという結論を橋下氏が導き出すのはそれほど論理飛躍しているとは言い難い。

坂木氏は、区長公選などを役所から市民に権力を取り戻す過程と描き出していることが暴力的革命の描き方と近似的である点を指摘する。

これもアジテーションが混じっていることは否定しない。ただし政令市が基礎自治体として規模が大きく、それを解体して、新たに区に基礎自治体を再編成するという発想は、橋下氏が初めて述べたものでもなんでもなく、これも極めて使い古された議論である。民主党の提唱する地域主権型改革や小沢氏の基礎自治体の考え方など基礎自治体の規模を一定規模にする発想は珍しくない。革命イデオロギーというよりはリベラリズムや新左翼の「市民」・「自治」礼賛の考え方に由来しているのだろう。しかし、こうした考え方はいまや保守派でも一定の共有がなされている考え方である。私自身も基礎自治体の規模が大きすぎるor小さすぎることは財政基盤ときめ細かい市民サービスの面から望ましくないし、市民の目が行き届かない面でも望ましくないと考える。

最後に、橋下氏が「議論」「熟議」を求める意見を批判している点に、再批判を加えている点であるが、この点はおおむね賛同する。ただし橋下氏は、大阪府庁のWTC移転で専門家からの批判を受けて、全面移転を撤回したように、熟議を否定しているわけではない。ただし、今回の大阪都構想を巡って、歴史的経緯を無視した「熟議」論批判に対する嫌気がこのような「独裁」的な主張につながっているのだろう。

保守派は人間の理性を疑う立場から、ラディカル、ドラスティックな改革に批判的・慎重でなければならない。しかしながら、保守派は同時に歴史を重んじる。大阪府と大阪市の歴史的関係性について無知な熟議批判は、「熟議」「反独裁」という言葉を振りかざしてはいるが、実のところ今まで先人たちが築きあげてきた「熟議」は軽視しているのだ。

私たちは今と過去、双方を照らし合わせながら、謙虚に歩んでいかなければならない。橋下氏には謙虚さを失いかねない要素があるのは最後の点からも明らかである。だから監視は必要である。しかし、革命イデオロギーとしてレッテル張りするのも違うだろう。

(執筆者 43)

2011年11月15日火曜日

大阪都構想を考える

今回の大阪市長選ほど奇妙な選挙はないだろう。大阪市の首長を決める選挙で、候補者の一人が、大阪市を解体すると叫んでいるのだ。橋下氏は大阪市を解体し、周辺の自治体もまとめて東京都の特別区のようにするのだという。この大阪都構想が今回の選挙の大きな争点となっている。しかし大阪都という言葉ばかりが先行し、具体的に何を目指すのかということがあまり知られていないように思う。そこで本稿では大阪都構想を検討し、その理念に潜むイデオロギーを明らかにしたい。

①何のための“都”か

 そもそも、橋下氏が府知事就任直後に問題視していたのは府と市の二重行政の非効率性であったのだが、それがいつの間にか大阪都構想という壮大な話へとすり替わっていた。ではこの構想の目的は何なのか。大阪維新の会HPでは以下のように大阪都の意義を説く。

①広域行政を現在の大阪府のエリアで一本化する

②大阪市内に公選の首長を8から9人置き、住民に身近な行政サービスを担わせる

 とりわけ広域行政の一本化は、究極の成長戦略、景気対策・雇用対策であるとする。少々長いが引用する。

大阪の広域行政を一本化し、広域行政にかかわる財源を一つにまとめて、大阪全体のグランドデザインのもとに財源を集中投資する。大規模な二重投資を一掃し、世界の中での都市間競争に打ち勝つ政策を一本化する。

企業活動を活性化させる空港、港湾、高速道路、鉄道のインフラを整備し、人材を獲得しやすいよう大学等の教育機関の競争力を高める。従業員が暮らしやすいよう、病院や初等教育機関を整える。さらに、法人税の減税、規制緩和などを軸とする特区を設定する。また観光客を世界から集め、大阪で消費してもらう。このような政策を、大阪府、大阪市でバラバラと実施するのではなく、広域行政を一本化して、大阪全体のグランドデザインを描き、財源を集中投資し世界と勝負する。

大阪全体のGDPは約40兆円で、上海の2倍です。人口も大阪全体で880万人。ロンドンよりも人口規模は大きい。広域行政として一本化すれば、世界の都市間競争に打ち勝てる可能性は十分あります。この目標は、住民に身近なサービスをどうするかという問題ではなく、大阪全体のGDPを上げる、景気を良くする、雇用を拡大する、それに尽きます。大阪市内のことだけなく、衛星市を含めた大阪全体を成長させる切り札が、広域行政の一本化なのです。広域行政を一本化することで、本当にそんなにバラ色の大阪が待ち受けているのかと言えば、それは証拠では裏付けられません。

しかし、世界の都市のあり方(大ロンドン市、最近の台湾の県市合併、上海、ソウル、バンコクの都市の構造)を見れば、今のままの大阪市・大阪府分断都市では、世界の都市間競争に打ち勝つ可能性は全く0です。

しかしながら、彼らも認めているように広域行政を一本化することで、バラ色の未来が待ち受けているとはいえないのである。確かに、「大阪府、大阪市でバラバラと実施するのではなく、広域行政を一本化して、大阪全体のグランドデザインを描き、財源を集中投資し世界と勝負する」ことは重要である。しかしなぜそれが都構想でなければ実現できないのかという議論は全くない。「今のままの大阪市・大阪府分断都市では、世界の都市間競争に打ち勝つ可能性は全く0です」となぜ断言できるのか。後述するように、府と市との協力という選択肢はあらかじめ排除されている。ここに論理の飛躍を感じるのである。

大阪都構想で、大阪の成長が見込めるのかどうか、ここを深く議論すべきです。 今のままの大阪府・大阪市の関係で大阪は成長するのか? それとも仕組みを変えるべきなのか? 大阪都構想は、借金頼り、増税頼り、国からの交付税頼りにならない、成長の仕組みになるのか? ここの議論が重要であり、この議論は今の大阪府自治制度研究会が深く精緻に議論しております。

 彼らがいうように必要なのは、大阪都構想で大阪の成長が見込めるのかという議論だろう。内輪だけでの議論ではなく、もっと公開の場で盛大に議論するべきなのである。

②その恐るべきイデオロギー

 橋下氏および大阪維新の会のやりかたをみていると、どうしても革命を想起してしまう。実際に彼らの発言からは、民主主義的手法ではなく革命的手法により大阪市という権力機構を一挙に破壊しようとする、恐るべきイデオロギーを感じてしまうのだ。

 橋下氏のマニフェストの表紙には以下のような文言が掲げられている。

権限・財源を今の権力機構(体制)から住民に取り戻します。

この選挙が、まさにその権力機構の長を決めるものであるにもかかわらず、権限・財源を住民に取り戻すのだという。さながらこれは選挙ではなく、革命であろう。

維新の会HPでは、大阪都構想の必要性を次のように説く。

なぜ府市の対話と協調ではなく、いきなり統合、都構想なのか。大阪の成長戦略への投資は歴代首長や行政パーソン、議員がこれまで30年議論し続けてきた。財界も主張し続けてきた。だが総論賛成、各論反対でほとんど進まなかった。これまでろくにできてこなかった大阪全体の成長戦略投資を、たかだか最近はやりの「熟議」で打開せよというのは、無責任な傍観者のコメントに過ぎず一顧だに値しない。

また次のようにも述べる。

これほど大きな体制変革を行うとすれば、摩擦や紛争は避けられない。「仲良く話し合いを」「既存の制度のなかでの調整を」と主張する他地域の識者の皆様には、そうした不用意な発言こそが日本をここまでだめにし、また大阪の既得権益勢力を支援するということを自覚いただきたい。

このようにして議論の必要性を排除するのである。しかも先程みたように、一方では議論の必要性を説いていたにもかかわらずである。確かにここに書いてあることは必ずしも間違いとはいえないが、それにしてもここまで露骨に話し合い不要と叫ぶのは、民主主義の否定とも受け取れる。彼らのいう議論とは、所詮内輪だけでの議論に過ぎないのだろうか。

また、都道府県が市町村を吸収するのは自治の否定。独裁化にもつながり、危険であるという“誤解”に対してはこう述べる。

ちなみにわが国では憲法が前提とする民主的選挙の手続きがある。独裁者は生まれようがない。また国と府、府と市町村という階層間の組織紛争が起きても司法 手続きをはじめとする是正手段が多々ある。現に国と戦う自治体、県庁と戦う市町村の例は枚挙に暇がない。「都構想だと独裁になる」というのは情緒的で根拠 を欠いた妄想である。

ドイツの例を持ち出すまでもなく、独裁者というのは往々にして民主的手続きから生まれるという事実を全く理解していない。大衆の熱狂的支持から独裁者は生まれるのである。

最早多言を要しまい。橋下氏と大阪維新の会にとって、自身に抵抗する勢力は全て敵であり、議論の余地など皆無なのである。まさに暴力的革命そのものである。そしてその革命の行き着く先は恐怖政治だろう。維新の会が政権を獲ったあかつきには、その意に従わない者は抵抗勢力とみなされ追放されるに違いない。橋下氏と維新の会に潜む革命イデオロギーに警戒しなければならない。

(坂木)

2011年11月12日土曜日

「侵略に対する反省と謝罪」をめぐる左派の矛盾

 前回、私は「侵略に対する反省と謝罪」という左派の常套句に対して批判を加えたが、それに関する秀逸な批判を紹介したいと思う。それは「侵略に対する反省と謝罪」という文言に含まれた国家意識を抉り出すものである。

 保守論客としても著名な佐伯啓思氏は『現代日本のリベラリズム』(講談社、1996)において次のように述べる。

国家の戦争責任という議論そのものが、こうした国家の連続性、個人の利害や経験を超えた国家のロジックを前提としていることは改めて確認しておきたい。だから、不戦決議や謝罪声明の要求は、実はこの意味での、個人の都合を超えた国家のロジックをはしなくも主張したことになる。しかしまさに、不戦決議や謝罪声明を要求してきたいわゆる戦後民主主義こそ、国家のロジックを認めることをかたくなに拒否てきしたのであった。ここに戦後の進歩的思潮の欺瞞があった。

 つまり、常日頃から国家の解体や、国家にとらわれない市民を唱える左派が「侵略に対する反省と謝罪」という問題になると国家というものを強く意識しているのだという。

 見事な指摘である。確かに、国家よりも個人を優先するのであれば、現代に生きる我々が過去のことにたいして贖罪意識を持つ理由など全くない。我々は国家や共同体、そしてそれが背負ってきた歴史などとは一切無関係なのだから。にもかかわらず過去に対する反省と謝罪を要求するというのは、意識的にせよ無意識的にせよ、国家と我々は切り離すことのできない関係にあるということを認めていることになる。我々は国家とその歴史を引き受けているからこそ過去のことに思いを馳せるのである。

 したがって、左派が持ち前の「個人の論理」を唱えるのであれば、「侵略に対する反省と謝罪」に関しても同様にしなければならないだろう。「私は日本という国などに全く関係していないのだから、歴史なんて知ったことではない。なぜ私が謝罪しなければならないのか」。これが本来なら左派が主張するべきことではないか。仮に謝罪をするにしても、その主体は国家ではなく、侵略に加担した個人であるべきである。

 以前、護憲についての左派の論理は性善説と性悪説が混在すると指摘したが、またしても左派のダブル・スタンダードが露呈してしまった。左派はこの指摘にどのように反論するのだろうか。


(坂木)

2011年11月4日金曜日

日系人移民にみる保守派の冷淡さ

現在、ブラジルなどから日系移民を受け入れている。

日系移民をめぐっては、凶悪犯罪(カルロス八木が起こした性犯罪・殺人事件)などの問題もあるし、今までの無条件の移民受け入れに対して批判を受け、段階的に規制強化が進められている。僕自身、無条件の受け入れに対しては批判的だし、日系人だからいいとは思っていない。(彼らはブラジルに同化し、日本人としての風俗を概ね失っているのだから、無条件受け入れは論外であろう)

しかし、ネット上にいる保守派(ネット右翼)には1つの重要な見方が抜けているように思われるのだ。彼らは100年前、私たち日本人が棄民した人々の末裔なのだという事実である。国民国家において、国家の存在意義が認められるのは、その域内に存在する人々の利益を増進し、安全を保障することを責務としてはたしていることにある。しかしこれを100%果たせる国は先進国のごく一部に過ぎない。当然、明治時代の日本にはすべての国民に豊かな生活を保障することはできなかった。だからこそ、政府は国策として移民を奨励し、結果として彼らを「棄民」として扱った。それを私は否定しない。人口過剰だった明治時代の日本にとって、移民を奨励する政策は正しかったと思う。全員を養えるなど絵空事だった時代である。

しかし、彼らに対する同情の念、もし移住しなければ今の私たちと同様の豊かな生活ができたかもしれない2世、3世の日系人、同胞たちに対して、同情の念を失った国民国家に未来はあるのだろうか?在日コリアンやフィリピン、タイ人の問題と日系人を同列に扱い、等しく批判する人々は、この点について考えを持たなさすぎではないだろうか?

私は、移民受け入れ積極派だが、あくまで国益に沿う範囲内で制御しながら受け入れていくべきだと思う。つまりは、帰化を希望し、一定期間内に最低限の日本語の読み書き、風俗・文化への理解ができるように義務付けることで、単純労働力であっても受け入れを認め、そしてその要件を満たした場合に限り国籍を付与する(満たさない場合はビザを打ち切り、帰国させる)か、または高度な技能を有する者に限り、永住権を付与すべきであると考える。永住権を有する在日外国人に関しては積極的な帰化を促進し、一方で段階的に在日特権を撤廃していくべきだと考えている。

フランスのように無条件の同化をしても、どこかで無理が生じ、二級市民として扱われてしまうので、完全な同化は難しいし、不可能だと思う。しかし、「melting pot」で一定の文化的・言語的共通基盤があってそのうえで、「salad bowl」のように民族的な個性を発揮するという形を取ってこそ、社会の安定性は保ちながら、各民族の持ち味を生かした社会の活性化が果たせると思うからである。マイノリティの孤立を招かず、社会で同化を目指さなければならない。多文化主義者のようなお花畑の考え方にはくみしない。しかし、日系人は別である。帰化は必要だし、決して犯罪を犯そうが、社会に不安定要因をもたらそうが彼らを無条件に受け入れろと主張するつもりはない。しかし、もし彼らの受け入れがある程度の財政負担をもたらすとしても、彼らにはしっかりとした教育を施し、根気よく付き合っていくべきである。

今はその努力が実らなくとも、かつて見捨てた同胞を見捨てない姿勢は、国民国家として当然持つべき考え方であると確信している。

(43)

2011年11月3日木曜日

各論:「『諸君!』『正論』の研究―保守言論はどう変容してきたか」

ここでは書評では書ききれなかった問題を論じていきたい。

いつまで贖罪意識を持ち続けるのか

 本書全体を通じて筆者は「他者の視点」を強調する。中国や韓国、北朝鮮といった戦時中に日本軍の侵略を受けたアジア諸国への配慮が保守論客たちには欠如しているという。靖国問題にしても、歴史認識問題にしても、さらには拉致問題にしても一貫してそれを主張する。例えば靖国神社とA級戦犯合祀問題について以下のように述べる。

「内政干渉」という主張にも首をかしげざるを得ない。侵略戦争の指導者を神と祀る神社を首相が参拝する。それを単に「内政」と片付けられようか。それは日本に侵略された国や人々の存在をまったく無視して、「何をしようとも勝手」と無反省に開き直る考えだ。(118頁)

 このように「侵略に対する反省と謝罪」を求めるのは左翼の常套句である。確かにそれは大切だろう。私とてあの戦争が侵略戦争の側面を有していたことを否定しないし、侵略に対する謝罪もするべきであると考える。しかし日本はこれまで機会があるごとに「反省と謝罪」を述べてきたのではなかったのか。にもかかわらず、彼らは相も変わらず反省と謝罪を求める。彼らはどうすれば満足するのか。毎年815日に謝罪声明を出せば満足するのか。

 また歴史認識問題についても、筆者はいわゆる「東京裁判史観」批判を批判する。詳述は避けるが、要するに「東京裁判史観」として保守派が批判する自虐的な歴史観は自虐的でも何でもないという。加害の歴史を直視せよというわけだ。

 先程も述べた通り、私は戦争が侵略戦争の側面を有しており、現地の人々に苦痛を与えたことを否定しない。一部の論者には「あれは解放戦争だった」とか「南京事件は捏造だ」と主張する者もいるが、それにはあまり賛同できない。

ただし、だからといって私は殊更日本だけが悪者だったとも思わない。戦争において現地の一般人を殺害することも稀ではなかろう。加害という側面だけをみれば、アメリカのほうが日本に多大な損害と苦痛を与えたことは間違いないし、ソ連のシベリア抑留のように日本の捕虜が非人道的な扱いを受けたことも少なくなかった。

したがって左翼が日本の加害だけを強調することに違和感を覚える。彼らは他国の加害には目を瞑り日本だけを加害者に仕立て上げようとする。それを「東京裁判史観」というのではなかろうか。

拉致被害者家族は右翼なのか

 本書で非常に印象に残っているのが、筆者の拉致被害者家族に対する異常なまでの敵意だ。筆者は、拉致問題を解決するにはまず日本の過去の植民地支配を謝罪し国交を回復することが重要だという立場であり、それゆえ制裁を叫ぶ拉致被害者家族は「強い被害感情と憎悪」に掻き立てられ「報復感情」を剥き出しにした存在と映るようだ。例えば筆者は増元照明氏の発言を以下のように曲解する。

「これまでの政府は、北朝鮮を交渉の場につかせるために食糧支援を続けてきた(略)しかし今回は、何ら新たな支援も始めないまま。しかも金正日自身が拉致を認めて謝罪したことを踏まえて交渉が開かれた。ようやく日本は『過去の植民地支配の贖罪』という呪縛から放たれ、拉致問題解決に本気の姿勢で臨むことができた」

 植民地支配の問題は終わった、今度はこっちが被害者だ。増元はそう言いたいのだろう。拉致事件によって日本は、植民地支配の罪という「呪縛」から解き放たれる、日本の罪はこれでなしになる、という主張だ。(287頁)

 どこをどう解釈すれば「拉致事件によって日本は、植民地支配の罪という「呪縛」から解き放たれる、日本の罪はこれでなしになる」というような発言になるのか、私には全く理解できない。むしろ「謝罪が先」というような北朝鮮側の姿勢によって交渉に手間取っていたのが、今回ようやく交渉にありつけたと安堵しているというのが妥当な解釈だろう。少なくとも、植民地支配を拉致で相殺しようとする政治的意図は感じられない。

更に筆者は言う。

小泉訪朝のあと、メディアは、北朝鮮たたきで沸騰した。家族会や救う会、『諸君!』『正論』の論者とはちがって、北朝鮮に対して報復感情をむき出しにしない者、冷静に考える者は北朝鮮寄りだと決めつけられた。(296頁)

 筆者の目には家族会は『諸君!』『正論』の論者と同類に映るらしい。筆者はなぜこうも家族会を敵視するのか。無論、家族会には北朝鮮に対する憎悪や報復感情が皆無だとはいえないかもしれない。しかしそうした感情よりも、家族を取り戻したいという痛切な思いのほうが強いはずだ。彼らが北朝鮮に対する制裁強化を要望するのも、報復というよりもそのほうが融和策よりも効果的だと考えるからであろう。筆者は「北朝鮮に対して報復感情をむき出しにしない者、冷静に考える者は北朝鮮寄りだと決めつけられた」と決めつけているが、冷静に考えて制裁を主張する者=報復感情をむき出しにする者と決めつけるその態度こそ問題なのである。

 他にも気になった点がある。それは金大中拉致事件について、渡部昇一が2002年の小泉訪朝後、北朝鮮による拉致事件と同列に考えてはいけないとした発言に筆者が反論した部分だ。

「金大中事件はKCIAによる在日している自分の国民の拉致ですから、北朝鮮による日本人拉致と同列になるはずがない。何の罪もない他国民を袋詰めにして、他国である日本から連れ去ったのとは次元が違うのは、明々白々のことでしょう」

 これに対して筆者は「渡部にとって問題はやはり日本人の人権だけであって、金大中の人権は視野の外にあるのだろう」(288頁)と批判する。

 渡部氏の方が正しいといわざるを得ない。渡部氏は金大中の人権を無視しているのではなく、同じ拉致でもその意味合いが違うと言っているのである。民主化のリーダーであった金大中が国家権力によって拉致され殺害されかけたのと、一般人が工作員養成の目的で拉致されたのとでは全く性質が異なる。当時の朴正煕独裁政権下において民主主義を掲げた金大中が政権から睨まれていた。その金大中が暗殺の危険にさらされるのは不思議ではなかった。念のために言うが、私は朴正煕を擁護するわけでは決してない。あの事件は金大中の人権にかかわる重大な問題だったといってよい。ただ事実として、独裁政権下において民主化を掲げることには大きなリスクが伴うのである。したがってあの事件は、拉致事件というよりもむしろ暗殺未遂事件としてとらえられるべきものである。一方で日本の拉致事件はどうだろうか。何の罪もない一般の人々が拉致されたのである。しかも今も解放されずにいる。両者の性質の違いは明らかだろう。何も韓国人の人権を軽視しているわけではないのである。

(坂木)