2012年10月14日日曜日

衰退する左翼―『集中講義!日本の現代思想―ポストモダンとは何だったのか』を読んで



 先日、仲正昌樹『集中講義!日本の現代思想―ポストモダンとは何だったのか』という本を読んだ。文字通り、戦後日本における思想史をたどりながら、80年代の「現代思想」ブームとその後を解説するというものである。

 本書を読んで、なぜ左翼(思想)が衰退の一途をたどってきたのかという疑問に対して、ひとつの答えが示されたと思う。戦後、圧倒的影響力を持ったマルクス主義は、大衆社会の到来とともにブルジョア・プロレタリアートの二項対立というその図式が現実から乖離し、説得力を失った。その後、構造主義、そしてポスト構造主義が台頭し、その流れの中で、日本ではそうした「現代思想」が「ニューアカデミズム」として80年代にブームになる。しかしバブル崩壊によって、ポストモダン思想も力を失い、ポストモダン系の論客も、新自由主義的資本主義批判のように、「左回転」していった。ただ、マルクス主義は既に影響力を失っているし、現代思想もマルクス主義のような「大きな物語」の失効を謳う思想なので、統一的理論を描けない。左翼は個別の問題―在日外国人やジェンダーの問題など―を論じるための「小さな物語」にしか依拠できなくなったのである。そこで左翼の間では、大きな物語としての“共通の敵イメージ”―例えば「弱肉強食の市場原理を貫徹して経済格差を拡大し、行き場のなくなった負け組を海外派兵の要員にすることを画策しつつ、そのための伏線として、愛国心・反ジェンダー・フリー教育や監視社会化を推進する右派勢力」―が登場するようになったという。こうして左翼思想は左/右という二項対立図式へと回帰した。

 つまり、マルクス主義の凋落後、自らを統一的に語ることのできる物語がなくなってしまったわけである。左翼を統合できる物語として「護憲」というのが考えられるが、これも突き詰めれば個別の問題でしかなく、しかも国民の大半が改憲を支持する中では訴求力に乏しいといえる。もはや左翼は統一的なビジョンを提示することができず、個々の問題を論じるに終始せざるを得なくなってしまった。

 ただし、右派も統一的な物語を紡ぎだすことに成功しているかといわれれば、私はそうは思わない。改憲や歴史問題など、ここでも個別の問題ばかりが論じられ、肝心の部分―例えば保守とは何かとか、保守すべきものは何かとか―は置き去りにされている。「小さな物語」にしか依拠できないのは右側も同じ状況である。

 いずれにせよ、左翼が衰退しているのは紛れもない事実である。だからこそ、左翼は“共通の敵”を欲する。それを思い知らされたのは、本書のあとがきである。実をいうと、本論よりもあとがきに書かれていた次の文章のほうがはるかに印象に残っている。本書が記された2006年といえば、安倍政権が発足した年である。


 私にとってマジで気持ち悪いは、「安倍の「美しい国」は危ない!」と叫んでいるサヨクの人たちが、やたらと生き生きしていることである。反権力的な言論をメシのタネにしている人たちは別として、サヨクの大半は、思想的な確信をもってやっているというよりは、野球やプロレスのテレビ中継試合を見ながら悪口雑言を吐いてストレスを発散している酔っ払いのおじさんと同じレベルなので、メディアにかっこうの“悪役”が登場したら、嬉々として吼えまくるのは当然と言えるわけだが、今回はとくにすごい。

 
 衰退し、社会からも以前ほど注目されなくなった左翼の方々が、格好のネタを手にしたわけである。喜ばないはずがない。こうして、安倍晋三が左翼の共通の敵として標的になった。

 そして今、我々は同様の光景を目にしているはずだ。いうまでもなく、「原発」である。原発事故の後、まるで水を得た魚の如く、左翼たちの脱原発運動がいっきに盛んになった。筆者ではないが、脱原発運動にコミットしている左翼の方々は本当に「生き生きしている」。だから、私が本書を読了した後に真っ先に思い浮かんだのが「脱原発」である。そして上記あとがきを目にしたときのデジャヴ感といったら、思わず笑ってしまうほどである。

 むろん右派の方にしても、共通の敵を求めるきらいはある。朝日新聞などはその最たる例だ。ただし、右派の方がよりコンスタントな批判活動を続けているのに対して、左派の方は、ひとたび“敵”を見つければ爆発的なムーブメントになる傾向があるといえる。そうした意味で、右派には安定的な“敵”がいるので活動に困らないが、左派は比較的“敵”に飢えており、それが見つかると活動がいっきに活発化する。安倍政権や原発はその例である。

 ただそうしたやり方では、一時的に支持者を増やすことは可能だが、長期的な活力をもつには至らない。原発問題を見れば一目瞭然だ。事故当初こそ、脱原発に圧倒的な支持が集まったが、いまでは左翼連中が主張するようなラディカルな脱原発の支持者は少数派になっている。したがって、このままのやり方を続けていては、左翼はますます衰退していくことになるだろう。

(坂木)